長寿庵について

「やりたいことを、仕事でやろう!」―長寿庵、文化祭企業宣言!

「あれ、俺なんで泣いてんの?」

それは前の会社に入社して半年くらいのことでした……

卒業、そして就職。

僕は4年間のはずの大学生活を5年間かけて卒業したのですが、その余計な1年のおかげで自分の行きたかった「見栄えのいい会社」に就職することができました。

 

僕が就職活動したのは2005年。当時はミニバブルと言われており、僕が就職した金融業界は給与もステータスも高く就活学生の憧れの的だったんです。

 

僕も大学で勉強してきた経済学が活かせるし、何より周りの評価も良い。所属していた部活で不遇だったこともあり回りの鼻を明かしてやった気分になりました。

就活を5月には決め、残りの一年間は二回目の4年生としてしっかり楽しんだ記憶があります。

 

2006年4月入社。

 

最初に配属されたのはマーケティング部という名の営業部。

もちろん自分の志望した部署ではありませんが、自分の志望した部署に行けないというのは世の習い。仕方がないことです。

仕事の内容は販売会社向けのセミナーや新商品の営業。もちろん新人ですからあまり大したことはやらせてもらえません。

 

入社当初はやる気に燃えていました。別に金融が好きというわけではなかったのですが、一刻も早く稼いで独立するぞ、とやる気満々でした。

 

しかしそんな前のめりな気持ちも最初のゴールデンウィークを越えたあたりから怪しくなり、3ヶ月もすれば「会社行くのめんどくせーな」という気分になっていました。

仕事の内容は毎日毎日レポートの誤字確認だったり資料の印刷と手配だったり、会議の議事録を作らされたり。どれも僕にとっては一番苦手な分野。先輩たちは筋金入りのジャパニーズ金融マンでありそういう「弱音」を相談できる雰囲気ではありませんでした。

徐々にあの症状が…

ある時、販売会社向けセミナー資料の製本を頼まれました。

312冊。まとめてとじるだけの楽な仕事です。

3時間ほど作業室に一人こもって仕事をしていました。

 

するとツーっと涙がこぼれてきたのです。

「あれ、俺なんで泣いてんの?」

ホント不思議な感覚でした。泣きたいわけでもないのに勝手に涙が流れてくるんです。

その後くらいです。新入社員のウツや早期退社、心療内科への通院が増えたというニュースが増えだしたのは。

 

ちなみに誤解がないように言っておくと、僕が就職した会社はブラックでも何でもなく大変なホワイト企業です。基本的に定時に帰れるし、給料は普通。残業代の上限は決まってたけど、それを越えるような残業をさせられなかったので気にしたことはありません。

 

でも、僕は完全にウツの症状でした。

 

結局この“事件”の直後、直属の上司が先輩を差し置いて希望の部署に配属してくれたおかげで辞めずに済んだんですが、それがなければ1年もしないうちに辞めていたと思います。

 

その後は再度希望しない部署に配属になり、再びパニックに似た症状を出し始めたことをきっかけに退職を決意しました。2009年9月。リーマンショックの翌年です。

 

辞めた時、本当に開放されたような気持ちになりました。ああやっと仕事をしなくて良くなる。これで自由になれるって。

当時の僕はすべての“仕事”が嫌いでした。「仕事大好き」と言ってる人達は狂人かなにかなんじゃないかと本当に思っていたくらい“仕事”を憎んでしました。この世から“仕事”がなくなってしまえばいいとすら思っていたくらいです。

そして気づく

しかし、今ならわかります。僕が考えていた仕事というのは「本当はやりたくもないのに無理してやってた仕事」なのだと。

本当はやりたくないけど、みんながいいって言うから……

本当はやりたくないけど、お給料がいいから……

本当はやりたくないけど、なんとなくかっこいいから……

本当はやりたくないけど、「これが天職なんだ!」って自分に嘘をついて僕は仕事を選んでいたんです。

 

こんな単純なことに気づくまで前の会社を辞めてから8年もの時間がかかりました。

そう、これに気づいたのはつい最近のことなんです。

 

僕は前の会社を退職したあと、実家のこの「長寿庵」に帰ってきました。

帰ってきてから仕事を手伝いはするのですが、仕事なんてロクなもんじゃないって捉えていれば大した成果なんて得られるはずが無いわけで。

 

しかし、僕が仕事への偏見を変えるきっかけになったのは今年3月の熊本駅と博多駅への新規出店でした。

 

2店舗同時出店という嵐のようなスケジュールの中で、自分の手で資金を調達し、デザイナーと交渉し、商品設計・開発をし、スタッフを採用・指導をするという経験を通して、仕事を通じて自分のやりたいことを表現するのは「楽しい」ということを初めて知ったのです。

 

遅いですよね。もう四十手前なのに。

文化祭前夜のようにワクワクしたい

だからこそ、僕はスタッフやお客様をはじめとするすべての長寿庵に関わる人にもっとはやくこの事実を知ってほしいと思い、この「長寿庵キャンパスフェスティバル」というブログを立ち上げました。

キャンパスフェスティバル。文化祭や学園祭という意味です。

 

皆さんは文化祭と言えばどういうイメージを持たれますか?

僕は自分たちで決めた企画を誰に命令されるわけでもなく、ワクワクしながら夜遅くなろうとも仲間と一緒に一生懸命実現に向けて取り組む。そういうイメージです。

実際僕は高校時代に体育祭実行委員会という場所でこのような経験をしました。

 

僕は長寿庵という場所を通じて、冷たい社会の中を前進していく人にとって、人に優しく、自分に素直になれるための、文化祭のような「時間が経つのも忘れてワクワク前に進む好奇心に満ちた体験」を提供していきます。

 

これが「長寿庵、文化祭企業宣言」です。

当社は今年の6月1日に創業から37年目を迎えます。

37年目を迎えるに当たり、僕が8年の間に取り組んできた卸事業を整理することといたしました。それは「文化祭のようなワクワクと前に進む好奇心に満ちた体験」を提供するという理念を貫徹するためにどうしてもスタッフとお客様の近くにいる必要があったからです。

それが創業の原点である自社で製造し、自社で販売するという「製造小売業」への回帰でした。

 

大きな事業を失うことはとても危険な賭けです。

しかし、今の僕には希望しかありません。

他人に振り回されて自分が本当にやりたい事ができないなんてもうゴメンなんです。

 

もう覚悟は決まりました。

 

まさしく今年は当社の第二創業第一期となります。

 

長寿庵のこれからにご期待下さい。